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東京高等裁判所 昭和35年(く)131号 決定 1960年12月07日

被告人 桜井俊夫

主文

原決定を取り消す。

理由

本件抗告理由の要旨は、原裁判所は昭和三十五年十月二十日宇都宮地方検察庁検察官検事松岡幸男の起訴にかかる被告人に対する公務執行妨害、傷害被告事件を、前橋地方裁判所に対し、同裁判所に被告人外八名に対する建造物侵入、威力業務妨害被告事件が繋属している故を以つて、移送する決定をしたが、右公務執行妨害、傷害被告事件の犯罪地は宇都宮市内にあり、検察庁が予定している証人約六十人のうち、四十四名が同市内又はその近傍に居住しており、従つて、右事件を前橋地方裁判所に移送するときは、現場検証をなすにも不便であり、検察官が証人尋問の準備をなすにも多大の不便と支障とを招来するのみならず、右事件に関与、精通しない前橋地方検察庁の検察官が立証を担当することとなり、検察官の利益を著しく害するものといわなければならない。なお、右事件を前橋地方裁判所に移送したとしても、前記建造物侵入、威力業務妨害被告事件と併合されるとは限らず、仮に、併合されるとしても、該事件には共犯の相被告人八名があることでもあるから、審理の円満な進捗を妨げ、徒らに訴訟を遅延させるに過ぎないというのである。よつて、案ずるに、凡そ刑事訴訟において事件を受理した裁判所は自らその審判をするのが原則であり、犯罪地が他の裁判所の管轄内にあるとか、証人その他の証拠の大部分が他の裁判所の管轄内に存し、他の管轄裁判所において審判することが訴訟経済その他諸般の事情に照し、特に適当と思料される場合に、例外として刑事訴訟法第十九条第一項により移送することができるのであるところ、被告人に対する公務執行妨害、傷害被告事件の犯罪地は宇都宮市内に存し、検察官の申請予定の証人の大部分も同市内又はその附近に居住していることは検察官提出の疏明書により明らかであるから、かかる事件を前橋地方裁判所に移送する必要は毫も認められない。尤も、前橋地方裁判所には被告人外八名に対する建造物侵入、威力業務妨害被告事件が繋属しており、該事件も前記公務執行妨害、傷害被告事件もともに国鉄労働組合高崎地方本部所属の組合員の国鉄駅構内信号扱所又はその附近における犯行であることは両事件の公訴事実により認め得られるから、被告人の科刑を考慮し、また、証拠調の甚しき重複を避くるため、適当な時期に両事件の併合審判の措置を必要とすることのあるべきは格別、現在漫然前記公務執行妨害、傷害被告事件を前橋地方裁判所に移送することは何等の意義がないばかりでなく、右事件の捜査に従事しなかつた前橋地方検察庁の検察官が審判に関与することになり、検察官に著しい立証上の不利を来すものであるから、原決定はこれを取り消さなければならない。

よつて、刑事訴訟法第四百二十六条第二項に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 山田要治 滝沢太助 鈴木良一)

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